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祇園祭に新たな風を!

変わらぬ思いと創っていく伝統

2丁目玉川さん

2丁目行司 玉川さん

玉川様写真.JPG

父からつながる祇園祭との関わり

出身は東久方町で14歳の時に親が2丁目に工場兼自宅を建てて引っ越しまして、それ以来ずっと2丁目に住んでいます。結婚した時は一時的に巴町に住んだんですが、その後2丁目に戻ってきました。小学生の頃は八木節のやぐらへ踊りに行っていた記憶がありますね。高校生の頃からお神輿を担いでいたと思います。30代になると若二会(2丁目の若衆グループ)へ父親の代替わりという形で参加となりました。入ったころは人数が多く役職はありませんでしたが、20年くらい前から若衆が減ってきて、脇行司(若衆の代表である行司の補佐役)などやるようになりました。行司は通常は天王番を1回経験したら退くものなのですが、新型コロナの問題もあって私が続投することになり、気づいたら60歳になってしまいました(笑)。

屋台は町の宝!!

いつもお祭りで印象に残るのは、屋台を組み上げる時の事ですね。屋台は町会の宝です。1999年から、2丁目は屋台を6年に一度は必ず自分たちの手で組み立てています。図面がほぼないので記憶を頼りに組み立てることになるんですが、若衆の皆はだいたい工程が頭に入っていると思います。蒸し暑い蔵の中での作業は大変ですが、でも彫り物などはうっとりするくらい美しいんですよ。重機などを扱えなくても、これからも自分たちが手伝ったり、見守っている中で屋台を組み立てていきたいと思っています。

玉川様 屋台組立.JPG
千秋楽付け届け.JPG

祇園祭の魅力とは

お祭りの前には何度かの打ち合わせを経て、行司会で衣装合わせをした後、各町へのあいさつ回り、祭り当日の衣装付け・神輿渡御・千秋楽と、八木節祭りとは違う神事に則った祭りの流れがあって、その一連の行事は魅力を感じますね。また、祭りの千秋楽の日(最終日)暗い中で提灯を持ってあいさつ回りをする際は独特の寂しさを感じるんですが、とても趣深いものなんです。祇園祭は365日のうちの4日ではありますが、とても濃厚な4日間です。

行司を憧れる役職へ‼

行司は大変なイメージがあって、出来たら避けたいと思う人もいます。ですから、私は行司になってから、天王町(祇園祭の幹事町会)の行司のステータスを上げたいと考えました。前回の2丁目が天王番の際には、行司が映えるよう、祭りの最中に各町の行司を集めて屋台の上で記念写真を撮りました。これは350年を超える長い歴史の中ではじめての試みです。また、お神輿を神社に戻す還御の締めの合図の際、各町の行司を前に出して一緒に締めるなどもしました。少しずつ行司のあり方を変えていくことで、行司を憧れる役職にして、「なりたい!」という人を増やしていけたらいいなと思っています。

2017祇園行司集合4(玉川様ご提供).jpg

【取材・文 新村 23/4 】

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