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嘉永から令和へ、受け継がれる4丁目魂 

4丁目屋台
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誰もが見上げる巨大屋台

4丁目屋台の見所はなんといっても巨大であること。6.5m×7.5m×7mの屋台は間近にみると壮観である。特別に内部のはしごを使って二階部分まで登らせていただけたが、少し怖いと感じるほどの高さで、上から見るとその高さがより実感できる。

シーボルトゆかりの画家が携わる!? 

一階部分のふすまに描かれた芭蕉(ばしょう)の絵は幕末から明治初期にかけ狩野派の絵師、写真師として名を残した清水東谷(しみずとうこく)によるもの。南方の植物である芭蕉をモチーフにした大胆な構図は、眼を見張るものがある。かのシーボルトのもとで植物写生の手伝いをしていた経験があり、当時の画家たちと異なる「西洋」を感じる画風である。

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100を超える部品からなる彫刻

正面から見ても龍の彫刻に圧倒されるが、近づいてみてもその細部にまでこだわった彫刻技術に驚かされる。それもそのはず、この彫刻は100以上の部品からできているのである。龍の頭の部分を見ると経年劣化で髭の部分が折れているところがいくつか見られ、屋台の歴史を垣間見ることができる。

回り舞台まである屋台!

本町4丁目で買継商を営んでいた磯部庄七(いそべしょうしち)が主たるスポンサーとなって作られた4丁目屋台は、一部の彫刻と建造物が嘉永7年(1854年)製のものを再利用し明治2年に完成した。この屋台は、回り舞台まである豪華なもので織都分限者の心意気を象徴するものといえる。その魂は、本町4丁目住民の方々によって今日まで受け継がれ、きっとこれからも絶えることは無いだろう。

遠くからは屋台の大きさ、近づけば意匠を凝らした彫刻。

日本の伝統技術と、西洋からの新たな風。ぜひ様々な角度から感じてみてください。 

【取材・文 13期眞壁 22/06

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