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祭りには欠かせない!
伝統ある4丁目お囃子の調べ

4丁目お囃子会

​桐生本四祇園囃子保存会

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聞き逃すなかれ!祇園囃子

桐生祇園祭のお囃子(はやし)は、江戸時代後期には「聖天」や「鎌倉」を演奏した記録があったが、何度かの中断を経つつも現在まで演奏され続けてきた。笛、鐘、太鼓を用いて演奏され、曲目は一番最初に習う曲の「三ツ入り鎌倉」から、4丁目のお囃子指導者たちによって作られた新曲「桐生風波」までの11曲が存在する。祇園祭では、3丁目と4丁目の鉾の曳き違いが見ものの一つだが、その際の鉾の上でのお囃子の演奏合戦も見逃せない。演奏が止まってしまったり、調子を崩されたりすると負けとなり道を譲る、というルールのもと、優しく優雅で熱い演奏が繰り広げられる。

コロナを乗り越える熱い想い

現在、各町会の中で自前のお囃子会を持っているのは4丁目だけである。コロナ以前は、お囃子の練習は世話方(せわかた)による各町への挨拶回りの後にスタートし、7月の火曜と金曜を中心に行われていた。しかし、コロナ発生後の1年目はお祭りが中止となり、練習もできなくなってしまった。そんな中、「お囃子が途絶えてしまうのではないか」、「お祭りのしきたりを守っていきたい」、という声があがり、翌年からはお囃子の練習が復活した。そこには、伝統あるものを途絶えさせたくない、という桐生人の強い想いが感じられる。

お囃子の張り紙.JPG
お囃子練習風景 採用.jpg

保存会の担い手に!若手も活躍!

囃子保存会には次代を担う有望な若手も育ってきている。お父様がお祭り好きだったことで3歳からお囃子を演奏しはじめた女子大生のCさんは、すべての曲を習得し、今では指導者の役割も担っている。Cさんの桐生愛は相当なもので、「桐生にいたいから!」と、桐生から通える大学に進学し、「卒業後もお祭りに関わりたい!」と、桐生から通える企業に就職を決めたそうだ。そこには、お祭りを愛する桐生人の血が受け継がれているのだろう。今後のお囃子について、「八木節のように形を変えて新しく楽しくしていきたい」という熱い想いを語ってくださった。

お囃子と町の魅力

お囃子の魅力について、取材にご協力いただいた桐生本四祇園囃子保存会副会長の石井さんは、「指導者として子どものお囃子が成長していくのを見届けることが一番楽しいですね」とおっしゃっている。Cさんは、「桐生の人や桐生という場所、地域が大好きです。桐生の地域の人たちに会いに行きたくなるんです(笑)。」と桐生や地域の人々への愛着を語ってくださった。お囃子や祇園祭という伝統が受け継がれている背景には、桐生人としての熱い想いと共に、世代を超えた住民同士の強い結びつきがあるのだろう。

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【取材・文 13期箕田 22/11 石井様より写真をご提供頂きました】

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