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4丁目小泉さん

本町四丁目世話方としてのプライドとメンバー同士の結束

本町四丁目 世話方行司 小泉さん

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子供のころの祇園祭での思い出

私は生まれも育ちも四丁目なので、子供の頃から祇園祭との関わりはありました。お小遣いをパッと渡されて、夜の10時とか11時とか遅い時間まで子供達同士で過ごしたのは楽しかったですね。桐生を出ていた期間もあったんですけど、戻ってきたら、「やっぱりあいつ戻ってきたぞ」という感じで声をかけてもらって、またこの祇園祭に関わることになりました。戻ってきてからは、自分が子供の頃からお囃子に参加していたので知っている人も多かったんですけど、周りは年上のお兄さんたちばかりだったので、仕事は全部自分に任せられることがあって…、まあそれは結構大変でしたね。あと思い出深いのは、3日間を通して夜の屋台番をしたことです。私はみんなでやるものだと思ってたんですけど、夜遅くなってくると1人、2人いなくなっていって、結局は自分1人になってしまったんですよ…。最後は差し入れを渡されて、「じゃあ、後は頑張れよ!」みたいな感じでした(笑)。

祇園祭の魅力と四丁目メンバーへの想い

祭りはとっても大変なんですけど、終わった後の「あー終わった!」という充実感っていうのはすごくあると思います。終わった時はもちろん疲れてるんですけど、また来年も頑張んないとな、っていう気持ちになりますね。あと、四丁目としてお祭りに参加してよかったなって思うのは、みんながお祭りに対して強い関心を持ってくれているからなんですよ。反省会もすごく活発で、「こういうことが足りない」とか、「もっとこうしたほうがいい」という前向きな意見がたくさん出るんです。僕としてはこんなに祭りに関心を持ってくれているメンバーと一緒に祭りに参加できて嬉しい限りですね。あと、祭りが終わった後にみんなで旅行に行くんですけど、こういうのもいい思い出になっています。四丁目に関わってくれた人が、お祭りを含めて仲間同士でいい思い出を作れたらなと思っています。

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本町四丁目世話方としてのプライドと祇園祭への想い

僕が祭りに関わるのは、ここに足を踏み入れてしまったからというのもあるんですけど(笑)、充実感とか、先輩方が守ってきたものを大事にするとか、四丁目の世話方としてのプライドみたいなものもあるからでしょうね。行司になってからですが、各町の皆さんが四丁目をどう見ているのかを意識するようになりました。僕は祇園祭に関して、変えていかなければならない部分も、変えてはいけない部分もあると思うんです。それは担い手みんなで、じっくり考えていかないといけないですよね。今後の祇園祭は、「伝統を継承しつつ、変えるべきところは時代に合わせて変えていく」ということが大切になってくるのではないでしょうか。だからこそ、変えてはいけないところと、変えるべきところの判断をしっかりしていく必要があると感じています。​

「付祭」の捉え方

今のお祭りでは、祇園祭は本祭〔ホンマツリ〕でそれ以外の八木節とか鉾の曳き違いとかお囃子の演奏っていうのは、いわゆる付祭〔ツケマツリ〕って言われることがあるんですけど、付祭っていう言葉はあんまりいいイメージをもたれていないような気がするんですよね。でも、僕は付祭って追加のものみたいに捉えるんじゃなくて、例えばですが、八木節っていうのも、「祭りの期間中に町にやってきた神様に向けた、みんなの願いや想いを叶えるための奉納の踊りである」っていうふうに認識することによって、付祭は祇園祭にとっても重要なものと捉えることができるんじゃないかなと思います。これはあくまでも例ですが、色々な付祭への認識は、これから変わっていってもいいんじゃないかなと思うことの一つですね。

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【取材・文 黒田 25/7 】

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