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5丁目近藤さん

5丁目の「粋」を学び、その精神を受け継いで

5丁目氏子総代 近藤さん

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お祭りとの長いかかわり

私は1958年に本町5丁目で生まれました。実家は花屋の「花清」で私が3代目です。もともとは5丁目に本店があったんですが、手狭になったので駅前に「花清本店 f.first」 として移転しました。よく3代目が店を閉めると言われていますが、実際自分の代で閉めるつもりで、今は日夜、断捨離しているところです(笑)。当然あの場所ですから、祇園際には父がかかわっていました。私が4歳くらいまでは父が祇園屋台の彫り物の位置の案配とか、飾り付けをやっていたというのを聞いたことがあります。私自身で言うと、小さい頃には子供神輿がありましたから、親にくっついて参加させてもらっていました。なので、子供時代からお祭りは身近な存在でしたね。大学入学で一度桐生を離れたのですが、卒業後には戻ってきましたので、お祭りにはトータルで60年以上かかわっていることになります。

よくできた祭りの継承システム

子供神輿に参加すると、持ちきれないくらいのお菓子とかが用意されてました。行けば、スイカ、きゅうりの浅漬け、おにぎりなんかもありましたから、そういうのを目当てで行くようになったんだと思います。その時の思い出ですが、子供の頃から私はスイカが大好きで、用意されていたスイカの白いところまで食べちゃったんですよ。そしたら父親はそれが恥ずかしかったらしくて、家に帰ってから「あんなところまで食うんじゃねぇ!」って叱られたのを凄く覚えてます(笑)。それで、子供時代からお祭りに触れていると、いつの間にか「いつか大きい神輿も担ぎたい」ってなっちゃうんですよね。時間をかけて洗脳されていくって感じです(笑)。きっと昔の人もそう考えていて、子供がお祭りに関わる場をわざと作っていたんじゃないかなって今では思います。若衆が担ぐ神輿もそうですよ。楽しんで祭りをやってると、いつの間にか町会に絡め取られて運営側になっていく。そういう、地域の後継者をいつの間にか育てるシステムみたいなものが出来ていたんだと思います。実際、私も気づいた時にはもう遅くって、町会に絡め取られてました(笑)。

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昭和の世話方 小.jpg

「粋」を学び、受け継ぐ

大学を卒業して桐生に帰ってきたら、入るのは当たり前だ、くらいの扱いで若者会に入りました。でも、気持ち的には子供の頃から子供神輿にかかわっていたから、遠い存在ではなかったですよ。よく見聞きしてたし、やってるのは近所のおじさん、お兄さんたちですからね、しょうがないよなって感じでした(笑)。そういう流れで24歳くらいで世話方に入った時は、どこの町会も50人は若衆がいました。宴会では座る場所が無いから、下っ端は廊下に座ってろ、みたいな時もあった位です(笑)。でも、若衆の魅力っていうのもあって、先輩との付き合い方とか、芸者遊びのお座敷マナー、宴会のマナー、こういうのを経験して勉強できたのは本当にありがたいことでした。相手への気遣いとかもそうです。その辺は5丁目がお祭りで大事にしている精神みたいなものにも繋がっていて、宴会の席でも、浴衣の着こなしでも、カッコよく「粋にやろう」って意識してますね。

5丁目の祭りを維持するために

私が行司になった2000年頃は、色々な事情があって世話方が急に減ってしまいました。また、それまでのやり方では世話方の財政が立ちいかなくなって、お祭り関係の会合とか打上げに関する費用が賄えなくなってしまったんですよ。まずはなんとか資金繰りをよくしなければということで、じゃあ物を売って資金を確保しようと「扇子」とか、祭りの時に腰につける「付け下げ」、若者会の「ステッカー」などのグッズを作りました。実際は身内の人間が買ってくれたケースが多かったんですけど、それでも結構売れて、貯蓄できるくらいに溜まったんですよ。あと、世話方を増やすために、町内だけでなく外部の関係者をリクルートすることも始めました。今ではどの町内でも資金繰り、人集めが大変になっていますが、私達の所はかなり早くからその対策をせざるを得なかったので、その経験が現在の仕組みにも生きているんじゃないかと思います。

扇子 小2.jpg
近藤さん��と御神輿 小_edited.jpg

祭りの核にある精神性

祭りとして残していきたいこと、守っていきたいことは、5丁目としては「粋でいなせな」格好良さですね。だけど、根本的にはお祭りを理解することが必要だと思います。今思うのは、あくまで自分たちは祭りっていう行事の中継ぎ役なだけで、この伝統を継続させていくための駒なんだってことです。歴史を知り、理解した上でその精神を受け継いでいく人材を育成していかないと、ただのフェスティバルになってしまいます。フェスティバルには崇める神様はいないですもんね。例えば、祇園祭には神様がいて、その神様は元々はたたり神だったっていうのを知ったら、神輿の担ぎ方や向き合い方も変わってくるんじゃないでしょうか。最終的には精神論のようになっていく部分もありますが、やっぱり大事なのは「祭りの精神」だと思っています。外部の方にもどんどん入ってきて頂きたいですが、祭りを一緒に楽しみながら、最終的にはこの精神性を共有できたらいいなと思いますね。

【取材・文 小林 26/5 】

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